Chapter 3

記憶の中の背景は、思っていた以上に、その状態を保っていた。

ただ、それは、一点のことに目を向けただけのこと。

ひとたび、範囲を広げれば、凄惨たる光景―予想通りの光景に、

ミッキーは本来持つべき人倫の変革の凄まじさに、心震わせた。

その城、ホロウバスティオンの象徴ともいえるべき、静謐とした場所は、

以前にも増して、異彩を放っていた。

主人無き今、なおも見えない光を放ち、時節の流れを感じさせないほどだ。

白を基調とした天へと上る壁は整えられ、その兼備さは増していた。

訪問したときには見覚えのないものたちが、拒絶するミッキーを反故にし、荒々しい歓迎で応える。

警戒態勢とも取れるが、城の主人は、既にこの場を去っているはず。

思案の中では、出現したもの達は、守備ではなく、むしろ攻撃の為に存在した。

見上げるほどの厳格とした門を潜り抜け、ミッキーは覚悟する。

「やはり、闇がここにも―」

独白すると、かちゃっと静寂に音を響かせ、腰にある無機質な感触へと手を伸ばす。

だが、その意識なき物にこそ、全てを救う―全てを滅ぼす可能性があり、

それは逆説的に、意思があるような感知のようなものを起こさせることを、ミッキーは知っていた。

否、知っていたや学んだ、聞いたというより、感じ取ったという表現が正しい。

刹那に静寂を壊すことなく出現したもの達に、キーブレードを向け、走り寄る。

そこに、躊躇はなかった。

動きが遅いもの、早いもの、体格が大きいもの、小さいもの―様々であったが、

そんなことは、何の関係もなかった。

無言で襲い掛かって来る敵に―ミッキーが敵と認知していたことは明白だ。―ミッキーも無言で答える。

人型の闇が三位一体となって襲い掛かってくる中、ミッキーは自らの体格をうまく使い、

軽く跳ね上がった相手等の足下をすり抜け、振り返りもせず横なぎを放つ。

全てが一撃で終わるようだ。

そのもの達は、一瞬にして、雲散霧消となる。

その姿を一瞥することもなく、ミッキーは次に事を運んだ。

丸々と太ったボールのような巨躯が、斜め前方から二体、体当たりを狙っていたからだ。

ミッキーは標的をまず右のに絞り、行動に出た。

知能が乏しいのか、そのもの達は、ミッキーが動く方向へと、ただ突き進んでくるだけだ。

ミッキーは素早く、右に位置するものの右手へと走り抜け、すれ違い様に、胴を両断した。

左のものは、そんな結果を介することなく、動きは一緒だった。

ミッキーは飛び上がり、脳天から、重力を加えて突き刺す。

二体は、結果を地面に横たえる暇もなく、散っていった。

先程の三体も同じだったが、本来ならば、血が散在し、肉片が飛び散るはずだった。

だが、このもの達は血も流れておらず、あると思われる肉すら存在していないらしい。

まさに、空気のような存在だ。

しかし、実際にはそこにいて、影響を与えてくる。

油断をすると、由々しき事態になることは、重々承知だった。

一息つく暇もなく、ミッキーは次へと移る。

出現時に、中空で見かけた、他のものへの集中も怠ってはいなかったのだ。

有翼で空を羽ばたくも、その翔破音は一切、耳孔を刺激することがなかった。

四体が四方から急降下してきたが、焦ることはなかった。

ミッキーは一体へ跳躍し、そのままの勢いで相手へキーブレードを突き抜かす。

それから、着地前に、近くの一体の頭部を払い、消滅させる。

感情があったのか、動揺とも思える行動を見せながら、相手の攻撃が隙を見せる。

ミッキーは有無を言わさず、一体を袈裟で両断し、態勢をそのままにもう一方へ走り寄り、

手首を切り返して、これもまた両断する。

とりあえずは、落着した。

本来ならば、目を背けたくなるほどの酷悪とした場を作り出したのだろうが、

その場は終始、変わることがなかった。

まるで、今この時まで、何も起こっていなかったような静けさが、

逆に、ミッキーの背筋を少なからず、ぞっとさせた。

軽く、吐息を漏らし、正門へと足を向ける。

黙々と進めるその中には、確信があったのだ。

城の領域へ足を踏み入れた瞬間に、先刻のようなものなのだから、

城内に入れば何が起こるものかと、ミッキーは警戒する。

緊張に強張りながらも、キーブレードを手にしたまま、左腕を上げる。

長時間、手入れがされていないはずなのに、ぎいという不愉快な音を発することもなく、

扉はゆっくりと、そして、何の障害もないかのように、すんなり開いた。

その張り合いの無ささに、ミッキーはうろたえた。

外装同様、変わっていなかった。

細微にまで渡り、絨毯が張り巡らされ、それは遠く小階段へ続き、その先―上階へ隔たりなく続いているようだ。

左右に白亜に刻まれた柱が、一定間隔に立ち並び、あらゆる彫刻が、点々と存在していた。

その美しさにも驚嘆したが、それ以上に、変化なきその内装の憧憬に、ミッキーは畏怖した。

だが、唯一変わっていた点があった。

外側に並んで静寂とした様子には、異質な黒い物質が五体、不自然に空に浮いていた。

ゆらゆらと左右に微動し、黒く丸い物体からは、数本の触手が伸びていた。

煌々と輝く双眸からは、ミッキーへの認識以外の何物も内在していないかのようだ。

ミッキーはすぐ様構える。

それらが、凄まじい速さで、空中を疾駆してきたからだ。

戦闘態勢へと状態を変化させ、心を入れ替える速さは、常人では考えられないほどの早さだったが、

そんなミッキーの行動よりも、相手の動きが上回っていた。

結果、数体の体当たりを受け、ミッキーは衝撃と共に、再び城外へと押しやられてしまった。

高い城壁の囲いから落ちなかったことが、不幸中の幸いかもしれない。

受身を取りながら、上体を起こし、すぐ様、また突っ込んでくる相手へ意識を向ける。

同時に、キーブレードへの意識も怠らない。

研ぎ澄まされた感覚で、キーブレードを真っ直ぐと胸の前へ突き出し、

タイミングよく飛んできた一体に突き刺さり、残ったのは、前に出されたキーブレードだけだ。

次に来ると予想されるもの達の為に、跳躍し、状況を窺う。

どうやら、途中での方向転換は出来ないらしい。

余裕がある距離なのに、ミッキーの方向へ近寄る気配が無かったからだ。

着地と同時に、背後へと走り去り、手前の敵を払う。

眼前の敵が消えると共に、その前に存在する一体が目に入り込んできた。

だが、攻撃へは移らない。

すでに、目にいない別の一体が、衝撃を与えようと向かってきていたからだ。

後ろに走り始め、振り返り様に、タイミングを合わし、

相手との衝突の瞬間、横なぎで斬り払う。

最後の動きを予想していたのか、いきなり上空へと高く飛び、

ミッキーはタイミングを合わせようと、目を凝らす。

目に映る、黒点。

目標との距離を測りつつ、自らの両腕を振りかぶる。

着地間際に、両者は激突した―

もちろん、黒い球体は、ミッキーが周囲を見渡した時には、消滅していた。

かちゃっと、キーブレードを床に預け、ミッキーは胸をなでおろす。

踵を返し、城内へと足を動かす。

もう、城の内装には感慨を向けず、三度内争が生じない為に、

すたすたと早足で、小階段を上りきる。

目指すは、初めて訪れたときに、主と軽い談笑を交わした、城内の書斎だ。

記憶を手繰り寄せ、ミッキーは構わず進む。

扉も意に介することなく開け、中へと進む。

どうやら、書斎には、闇は出現しないようだった。

その中で、確信を裏付ける証拠を、ミッキーは模索し始めた。

だが、その足取りはさっきまでの緊張を忘れさせるほど、穏やかで、

そして、他人が見たら、すこし滑稽に思えるような、優雅な足取りだった。

けれど、その表情には、今の行動をどうやって起こさせているのか疑問に思うほど、

焦り、そして困窮した顔が垣間見た。

数十分後―

目的らしきものを見つける。

それは、この城の主―アンセムのレポートだった。

そこに書いてある内容を、余すことなく目で追い、ミッキーは自分の目を疑った。

というより、やはり、信じたくなかったのかもしれない。

元凶が、知っていたはずのアンセムだったことだということを…。

注意深く読んでいくと、この城を去る原因とも目的とも取れる文章を目にする。

「闇を見つけた。本当の闇だ―。全ての心を飲み込み、一つにする闇―。

私の渇望した欲望を満たしてくれる、甘美な大いなる闇を見つけた。

それさえあれば、全てを飲み込むことが出来る。

私の研究結果通り、それは叶うのだ―。

すべからくそれは―摂理だろう。

間違っていなかったのだ、長年の自説は―。

【やはり】という言葉を何度繰り返したことか……。

だが、これで最後になるだろう―。

やはり、全ての心は闇に還るべきなのだ―」

その脅威とも取れる、重要な部分の一説に、それはあった。

検討をつける限り、それは、このホロウバスティオンの近くにあった。

「ここ…ホロウバスティオンから―」

そこで、ミッキーは一言呟き、沈黙を解く。

「グミシップの座標的に、ファーサウスの方向か―」

その呟きを最後に、一つの目的を果たしたミッキーは、静寂を切ることなく、

ここに誰も訪れていなかったかのように、レポートを綺麗に元の位置に戻した。

新たな目的が生じた為に、ミッキーはグミシップへと戻る。

その覇気を恐れてか、帰路に闇が出現することは無かった。

ミッキーはどことなく、わかっているのかもしれない。

これから訪れるべき場所で何が起ころうと、自らがそこに留まらなければならないことを。

ようやく見つけた闇の根源を留める為に―

すなわち、その場で、もう一つのキーブレード―いや、もう一人のキーブレード適任者を待たなければならないことを、

ミッキーは気づいていたのかもしれない。

「大丈夫さ」

小さく漏らすと、ミッキーは自分で自分に活を入れる。

出合ったレオン、その他の過小な可能性を信じ、ミッキーは覚悟した。

これから訪れる場で、どれだけの時間が経とうとも、この世界に存在するあらゆる世界の為に、

ミッキーは待ちつづけることを覚悟した。

ミッキーは知らない。

既に、その適任者は、奇しくもその運命により、ミッキーの思惑とは裏腹に、知らずと、導かれていることを。

そして、世界が再び、光に満ちることを―

ミッキーは知らない。