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パンドラ

PANDORE、PANDORA

パンドラは人類最初の女性である。地上における人類の想像と出現については諸説あるが、そこに女性が登場しないことでは一致している。ヘシオドスによれば、ゼウスは人間と、人間の為に神の火を盗んだプロメテウスとに復讐しようとして、アテナの強力のもとヘパイストスに命じて、不死なる女神に似せて魅惑的な女を作らせた。他の神々は、彼女に優美さ、説得力、手先の器用さなどの〔あらゆる贈り物〕(パンドラという名はこの意味を持つ)を競って与えた。しかしヘルメスは彼女の心に邪心と狡猾さとを植え付けた。彼女を送られたプロメテウスの兄弟エピメテウスは、誘惑されて、神々からの贈り物は受け取るべきでないというプロメテウスの忠告も聞かずに、彼女と結婚した。
プロメテウスの家には蓋をした箱があり、誰も触れてはいけないことになっていた。ところが、好奇心に駆られたパンドラが箱を開けた為、閉じ込められていた人類にとってのあらゆる悪が、世界中に広まってしまった。パンドラは急いで蓋をしたが、箱の中には、いつも人の心を惑わす希望だけしか残っていなかった。他の解釈では、箱には人類に与えられたあらゆる善がしまってあったのが、彼女のせいで飛んでいってしまったとする場合もある。聖書のイヴと同じように、ギリシア神話でも、女性は人類の生活を悲惨にした張本人として描かれている。
パンドラはピュラの母でもある。

17世紀、ヨーロッパ市場にフランスのファッションを紹介する為に作られたマネキン人形は、〔パンドラ〕と呼ばれていた。
憲兵を表わす〔パンドルPandore〕という名詞の用法は、このパンドラとは明らかに何の関係も無い。この名前は19世紀のシャンソン歌手が、ある滑稽な憲兵を風刺してつけたものである。

―――この世にどうして「苦しみ」がやってきたか
大昔、「黄金時代」(AGE D'OR すなわち、神話中で人類の起原とされる時代、当時の人間は地上の楽園で完全な幸福のうちに生きていたとされる。人類誕生後、五つの種族が交代したが、その最初の種族の時代。この時代の人々は「心に悩みがなく、苦しみや悲惨とは程遠い所に暮らし」、いつまでも若く、病気もなく、老いることも無かった。彼らは宴に時を費やし、あらゆる痛みとは縁がなく、死ぬときは「眠りに引き込まれるようだった」。彼らは何でも持っており、働く必要も戦う必要もなかった。「肥沃な土はひとりでに豊かな作物を生み出し、人々は野山から得られる計り知れない富に囲まれ、喜びと平和のうちに暮らしていた」この後には銀の時代、青銅(ブロンズ)の時代、鉄の時代がある。)という、それはいい時代がありました。この時代の人間達は、皆心が正しく幸福でした。気候は一年中春でした。地上は花で覆われ、ただそよ風だけが、花たちを躍らせていました。
誰も仕事をする必要はありませんでした。人々は、おいしい木苺や、その他の草の実、木の実を食べて暮らしていました。そういうものは、いつも森へ行けば、つんでこられました。川には、ミルクと、神様が飲む飲み物、ネクタールが流れていました。蜜蜂さえ、蜜を溜めておく必要はありません。蜜は小さな雫になって、気から滴り落ちてきました。何もかもが、豊かに満ち溢れていました。
この世界中に、人と戦う為に使う刀一本、その他の武器一つありませんでした。誰も、人を傷つけあう道具の事などは聞いた事もありませんでした。鉄や金は、まだ地中の底深くに埋められていました。
その上、人々は、病気という事を知りませんでした。苦しみといわれるものは、何一つなく、また、年を取る事もありませんでした。
プロメテウスとエピメテウスの二人の兄弟は、この素晴らしい時代に住んでいました。そして、これは、プロメテウスが、人間の為に火を盗んできた直ぐ後の話ですが、彼は、神々の父ゼウスが、自分に対して腹を立てるだろう、という事を知っていましたので、遠くへ旅に出ることにしました。そこで、出かける前に、
「神々からの贈り物は、どんな物でも、決して受け取ってはならないぞ。」
と、弟のエピメテウスに注意しました。
ところが、プロメテウスが旅立ってからのある日の事、神々のお使いであるヘルメスが、エピメテウスの家へやってきました。ヘルメスは、パンドラという美しい少女の手を引いていました。パンドラは、頭に半分開きかけたバラのつぼみの花輪を乗せ、首には美しい金ぐさりを幾重にも軽やかに巻きつけ、衣の裾まで届きそうな、薄いベールを被っていました。
ヘルメスは、
「この贈り物は、貴方が寂しくないようにと思って、神々がおよこしになったものです。」
と言いながら、パンドラをエピメテウスに渡しました。
パンドラは、大変美しい顔をしていましたので、エピメテウスは、神々が、本当に自分を慰めようとして、この少女を送り届けてくれたのだと、思わないわけにはいきませんでした。そこで、彼は、兄のプロメテウスの戒めを忘れて、パンドラを家の中に入れました。
そして、パンドラが来てからは、本当に、毎日が、大層早く、楽しく過ぎていくように思われました。
その内、神々はエピメテウスに、またもう一つの贈り物を届けてよこしました。これは重い箱でしたが、その箱を運んできたサテュロスたちは、
「この箱は、決してあけないようにと、神様たちは、仰せになりました。」
といいました。
エピメテウスは、その箱を家の隅に置かせました。エピメテウスは、もう、プロメテウスが、
「神々からの贈り物は、決して受け取ってはならない」と注意していったことは、気に掛けなくてもいいのだと、考え始めていたのです。
エピメテウスは、狩をしたり、魚を取ったり、川の土手になっている野葡萄をつんだりして、よく、一日中家を留守にしました。そういう日には、パンドラは家の中で、あの不思議な箱の中には、何が入っているのかしら、と考えるより外、何もする事がありませんでした。そして、パンドラは、人一倍知りたがりやの少女でした。
ある日、パンドラは、とても我慢が出来なくなって、その箱の蓋を、ほんの少し持ち上げて、覗いて見ました。すると、そのとき、蜜蜂の巣箱の蓋を取ったときと同じ事が起こりました。小さな翼を持った生き物が、群れになって飛び出してきて、あっという間に、パンドラをチクチク刺してしまったのです。
パンドラは、急いで蓋を閉めました。そして大声を上げながら、家の外へ駆け出しました。ちょうどそのとき、家に入ってきたエピメテウスも、酷く刺されました。
パンドラが箱から出した、小さな翼のある生き物たちというのは、この世に初めて現れた「苦しみ」でした。これが、神々が人間に届けてよこした、贈り物だったのです。まもなく「苦しみ」は、あちこちに飛んでいって広がり、おりあるごとに、人々を噛んだり、刺したりするようになりました。
それからというもの、人間は、頭の痛みだとか、リウマチだとか、また、そのほかたくさんの病気にかかるようになりました。「苦しみ」があの箱から出てくるまでは、お互いに、いつも親切で、機嫌よくしていられたのに、今では、不親切で、直ぐ喧嘩をするようになり、その上、人間は年を取るようになりました。
今はもう、一年が春ばかりではなくなりました。すべての丘を飾っていた。美しい緑の若草も、エピメテウスとパンドラを、あんなに楽しませてくれた、色鮮やかな花たちも、激しい夏の太陽に焼かれ、秋の霜に痛めつけられるようになりました。あの小さな意地悪な「苦しみ」たちが、大勢箱から出てきたときから、世の中は、全く惨めな事になってしまったのです! けれども、パンドラが大慌てで蓋を閉めたとき、箱の中の「苦しみ」は、皆外へ逃げ出したのに、たった一つ、小さな生き物が、箱の中に閉じ込められていたのでした。
「もしもし、開けてください、パンドラさん。」
この世が始まって初めての苦しみに、パンドラとエピメテウスが泣いていたとき、二人は、あの箱の中から、こんな声が聞こえてくるように思いました。
その声はとても優しそうでした。
パンドラは、もう一度、箱の蓋をあけようとしました。
「よしなさい、パンドラ、また、どんな悪い奴が出てくるか、わかりはしないのだ。」
エピメテウスが、慌てて止めました。
「ね、開けてください、パンドラさん。」
箱の中からは、気持ちのいい羽根の擦れる音と、優しい囁きが、また聞こえてきました。パンドラのひりひりする傷が、その声を聞くと、すーっと気持ちよくなるようでした。
「あたし、あけてみますわ。」
パンドラは、とうとうそう言って、重い箱の蓋をあけました。すると、虹のような光が目の前を飛びすぎて、小さな小さなかわいらしい女神が立っていました。
「私は、『希望』です。世界に撒き散らされた『苦しみ』が、悪戯をして歩いた跡を治す為に、私はやってきたのです。」
これが、「希望」という名の、親切な小さな女神でした。「希望」は箱から出ると、直ぐに世界中を飛び回って、「苦しみ」がまいた、あらゆる不幸を消して歩きました。
哀れな人間達が、どんな不幸な目にあっても、必ず「希望」は、その人々を慰める為に、何か良い方法を見つけてくれるのでした。「希望」は、薄い、透き通る翼で、痛む頭を煽いでくれます。青ざめた頬には、生き生きとした赤みを取り戻してくれます。そして、何よりも良い事に、「希望」は、年をとって追い込んでいく人々に、また、いつか若さが戻ってくる日がくると、囁いてくれるのでした。
さあ、これで、「苦しみ」がこの世の中に、どうしてやってきたかがわかったでしょう。けれども、私達は、「苦しみ」と一緒に、「希望」がやってきた事も、決して忘れてはいけないのです。