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teeth〔odontes〕
異邦人聖務者たち。ユダヤ人レビと独身者たちは「パン」で あり、パンを食することは聖性を身につけることであった。一 方、異邦人聖務者たちは単に口中の「歯」であった。 同じ原則が「煙」にも用いられた。

廃墟

ruin〔diaphtheiro〕
ヘロデ家の財産を奪い、経済的に零落させること。

運ぶ

carry〔bastazo〕
低位部の祭司の頭領たるファニュエルになることで、訪問祭司の床の運搬を手助けすることがその職務の一つであった。

始まり

beginning〔arche〕
一年の始まりである宗教的な新年。冠詞を伴い、エフェソではあ新年として守られていた聖霊降臨祭〔五旬節〕。ユリウス暦を用いる者たちにとって九月と三月が主要祝祭であった。ペンテコンタッズに組織の基盤を置いていた治療行者は、三月に対応して、六月が第一の宗教的祝祭であると考えていた。〔私は始まりである〕との声明は六月に示されており、この話し手が新年の祭司の役を務めていた事を意味している。冠詞なしでは、冠詞に対する規則に従い、それは三月、つまり六月より下位の三ヶ月または諸段階を意味している。『黙示録』では、〔始まりであるオメガ〕は、話してのイエス三世が、九月ではなくユダヤ人のザドク家のミカエルが贖罪を実施した聖霊降臨祭において、ミカエル〔オメガ〕であった事を意味している。アグリッパはミカエルとしての自分の役割については、同じ定義を用いていた

場所

place〔topos〕
女性、異邦人や他の外部者たちが用いた段階九のレベルの不 浄な場所。『黙示録』、『ルカによる福音書』では、ミルドの地下の小部屋。

pollar〔stylos〕
祭具室の演壇とその延長部分を支える二本の柱は東側では 「雲の柱」、西側では「火の柱」と呼ばれ、その二 本の柱にかかる中階に祭司あるいはレビ人が立った。彼らは、 出エジプトの比喩的描写を用いる二人の指導者と関連があった。 巡礼者たちが自分たちの旅に出かける際に、午前三時の礼拝を 統轄するファニュエルは、「昼の雲の柱」の上に立つことから 「雲」と呼ばれ、またサリエルと同等の者は「火の柱」の上に立 った。この役を務めうるのは治療行者の長またはヘロデ家の皇 太子であった。キリスト教徒の指 導者たちはこの〔二本の〕「柱」の代わりとしてやってきた。 ペトロは「聖所の雲」〔神の神殿の柱〕であった。

はしりの〔青い〕いちじく

fig, early〔olynthos〕
夏のいちじくで、ヨナタン・アンナスがいちじくの木とかかわりを持つ際に彼を指す言葉として用いられた。figtree「いちじくの木」の項を参照。ヨナタンが好んだ季節は両至点であった。

はしりの果物

firstfruits〔aparche〕
「初めarcheから」(beginning〔始まり〕の項を参照)の語呂合わせで、三月を始まりとし、それで、九月の諸祝祭を遵守する考えについて反対の(「〜から」〔from〕)立場を、あるものがとったことを意味する。このユダヤの用語は、ユダヤ教のいくつかのしきたりを暗に示していた。『黙示録』では、ヤコブ・ニケタはさらに東方的な考えを色々持ち合わせていた。

走る

run〔trecho〕
ふつうの教師が「歩いた」ことから、より高位の教師となる こと。義の教師とは「走る」者であった。

naked〔gymnos〕
性行為にあたっては禁じられた裸体になる必要がある、との 独身主義の考えに立つ既婚者のこと。「裸にならない」は独身主 義者を意味する。AD33年のペトロは 「裸」、すなわち既婚者であった。受洗の段 階九の者は結婚が可能であったことから、東方の規則によって 段階九に留まる改宗者と同様に、段階九に降格させられ罰を受 ける独身主義者は「裸」であった。

bowl〔phiale〕
一年かけて蓄えた後、翌年に費やされる金を受け取る容器。特定の祝祭で、主要な礼拝の後に鉢が回された。

八番目の

eighth〔ogadoos〕
「八番目」の者とは段階八にあり第八の集団…領袖は三代目のヘロデであった…ガドの宗団の長であった。「黙示録」では、アグリッパの死後、ガイウスと手を結んだ新しいヘロデによって、ヘロデ家の三頭統治システムが再び整った。新しいヘロデは後継を主張し、その後すぐにローマへいった。彼はドゥルシラとフェリクスの息子と思われており、彼もまたアグリッパと呼ばれていたが、AD79年のベスビオの噴火の際に死んだ。

パトモス

Patmos〔Patmos〕
ヨハネ・アキラの地方共同体。島「island」の項を参照された い。彼はイエスに代わって、そこで指導者に指名され、また彼 自身も学びそして聖務を導いた。だが彼が自分より高位の集会 場所、エフェソの座聖堂に来た際には、最前列ではあるものの会衆席にのみ留まった。

花嫁

bride〔nymphe〕
婚約時もしくは結婚が床入りで完成される前の〔処女〕としてのダビデの後継者の妻。ダビデの妻はダンの宗団の異邦人に対する司祭長であった。ダビデが祭司職に転じた際、妻はヘロデ家の王妃に代わって伝道団の女性の長となった。エフェソでのイエス三世の花嫁の祝いの後に、ベルニケの死が続いた。無割礼の異邦人たちが教会組織を形作り、教会は処女すなわち花嫁によって象徴化されるようになった。

幅、広さ

breadth〔platos〕
length〔長さ〕の項を参照。祭具室の〔幅〕は北側は二キュービットで、排除されたものたちの場所として北南ではなく東西に建物が連なるとみなされていた。court〔広場〕の項を参照。ユダヤ人の一体系では、〔貧しい者と身体障害者〕は広場で見られたが、またアグリッパが年齢のゆえに広場へと追放されたような〔追放の〕理由もあった。『黙示録』に記述される教会の計画では、〔幅〕は二度登場するが、北側の二キュービットが、内陣のスクリーン〔衝立〕につながる台座の端から二キュービット下の地下室になったことを意味していた。これは前述と同じ目的で用いられたものであるが、〔貧しい者と身体障害者〕がその時点で、会衆にかなり近くには寄るが目に触れないように〔隠された〕のであった。

バビロン

Babylon〔Babylon〕
ローマ皇帝。〔バビロン〕は『ペトロの手紙一』では、ローマに対する名称として用いられているが、これは、『死海文書』からの各ペシェルに示されるとおり、バビロンに関する旧約聖書の記述をローマが実現したと信じられていたことによる〔〔彼らをバビロンの王ブカデネザルの手に渡し給うた〔三百九十年の怒りの時期に〕・・・〕。この『エゼキエル書』に対応する〕。〔大いなるバビロン〕は、ユダヤ人との友諠の印としてヘロデ大王とブドウ酒を乾し、したがって入会者とみなされたローマ皇帝を指している。『黙示録』ではクラウディウス、ヴィッテリウス、ヴェスパシアヌスの息子のテトスは〔強大都市バビロン〕、〔大いなる都バビロン〕となっている。

早く

soon〔tachy〕
六月の夏至時の太陽暦の三十一日目で、最長の昼が早く始ま る、つまり「早く」やってきたときのこと。じきに、短時間に「shortly」の項を参照。

バラク

Balak〔Balak〕
『黙示録』の文脈から、キリキアのポレモに対する偽名。バラクは、魔術師バラムを雇い入れたモアブ人〔モアブの子孫の古代セム人〕の王であった

バラム

Balaam〔Balaam〕
旧約聖書の『民数記』に登場する魔術師。『黙示録』では、アグリッパ家の結婚仲介人となり、アグリッパの妹ドゥルシラと総督フェリクスとの縁談を取り決めたキプロス人マグスのアトムスに持ちいられた偽名。バラムはこの件より以前、ベルニケが、彼女と結婚するためにユダヤ教に入信し割礼を受けたキリキアのポレモとの結婚を準備した際にも関わっていたようだ

ハレルヤ

Hallelujah〔Hallelouia〕
このヘブライ語は「ヤハウェ(エホバ)を褒め称えよ」を意味する。「褒め称える」を意味するヘブライ語はhillelであり、推察されるように、伝導の最初の教父つまり「アブラハム」役であったBC一世紀の聖人、大ヒレルを指す名称であった。後継の格教父もこの名称をもじっており、AD73年に登場する新しい祭司教父は、称号として「ハレルヤ」を用いたことが示されている。

半時間

half-hour〔hemioron〕
一時間が一ヶ月に等しい事で、半月つまり十五日半に相当した。

半分の

half〔hemisys〕
12時間からなる一日の半分、つまり昼または夜の始まり、午前六時と午後六時の間の特別の六時間で、そしてユリウス暦の始まり。あるいは時間と月が同等とみなされていた事から半年つまり六ヶ月(目)つまり十二月。

day(昼)〔hemera〕
a)単数、主格。「昼(日中)の雲の柱」の役を担う、太陽暦に従う無割礼異邦人担当祭司としてのファニュエルである者。
b)「昼と夜の」〔of day and of night〕あるいは「夜と昼の」〔of night and of day〕の表現で用いられる。これは年月日に関して重要な指示である。治療行者の二重の日付が実際の流れの中で示されていた。聖務者は昼の位置では東の柱の上に立ち、また夜の位置では西の柱の上に立った。彼が東側を最初に選んだ場合(昼と夜の)、暦が昼の位置にあるなら年月日は十四進法的期間であった。また西側(夜と昼の)の場合それは夜の位置にあった。
c)複数。太陽暦の一季〔三ヶ月〕の第三十一日で評議会にあてた日。〔それらの日々に〕〔in those days〕は分点の第三十一日を意味し―名詞の後の〔それら〕は三月、名詞の前の〔それら〕は九月を意味するが、そのいずれかを決める語順を伴う。「これらの日々に」〔in these days〕は、至点の第三十一日を意味し、名詞の後の〔これら〕は六月、名詞の前の〔これら〕は十二月を意味する。この季節の指定方法は、『ルカによる福音書』『使徒言行録』で広範囲に用いられている。
d)数字を伴って。「一日=日一」、日曜日。「二日=日二」、月曜日、火曜日など。この語順は日の開始を示すものである。名詞が最初に来るHemeraitreis「日三」は前日の夕方午後六時に火曜日が早く開始することを意味する。この用法は諸福音書に頻出している。数字が頭につくTreis hemeraiは午前六時の真の開始のこと。Hemerai deka「日十」は、七日の組み合わせが二週間まで拡大されることから、第二週の火曜日、段階10の日を意味する。「日八」「日十」「日十二」「日十四」は諸福音書と『使徒言行録』に出てくる。

fire〔pyr〕
夕刻の燭台をともすのに用いられたオイルランプ、あるいは祭具室内の炉。eyes〔眼〕の項を参照。これは、治療行者の長が、天から火をもたらした「エリヤ」として、また出エジプトの〔火の柱〕に関連するものとして、サリエルと同等の地位で聖務を行う際の彼の持ち物であった。夕方の共通の食事で午後九時にぶどう酒を飲む際に、治療行者たちはぶどう酒は飲まないが、このランプの点灯には加わった。これは、この時刻のメノラ〔七本枝の大燭台〕に点灯するレビ人をモデルにしていた。彼らはまたもっと明るいランプ、つまり〔火〕を用い、彼らの修養を表わす祭具室の炉に点火した。
〔火〕は、熱狂的行動が求められる際に潔く殉教を受け入れる事を表わしていた。『黙示録』の〔血の混じった火〕は、AD2年に治療行者の長であるテウダが、村の巡礼者の頭であったイエスの父ヨセフと手を結んだことを意味している(blood〔血〕の項を参照。)
治療行者がレビ人的であり、平信徒としての王が〔地上〕であった事から、「地上に火を投ずる」とは、平信徒たちにレビ人的地位を与え、聖職の形を許す事を意味していた。
異邦人関連のナジル人的なユダヤ教の修養を取り入れていた、ヤコブ・ニケタのような異邦人達は、エリヤになって「天から火を降らせる」ことを求めたのであった。

ヒアシンス石

jacinth〔hyakinthos〕〔古代人の宝石で紫水晶またはサファイアと考えられる。青玉〕
会衆席の十一番目の席を表す宝石。 この席を占める者が女性の場合、段階一一、シス ターの長であった。AD41年に起こった、『黙示録』 の場面は伝道中に改宗者となったアディアベーネの女王ヘレナ を指していた。

east〔anatole〕
祭具室の東の柱で「雲の柱」、その頂上部はバルコニーではなく中階の端にあった。そこに立ったファニュエルは、午前三時に払暁の祈りを行った。この理由から東の柱は〔太陽の東〕であった。クムラン自体も、エルサレムより夜明けが早いのではといわれていた事で、〔太陽の東〕と呼ばれていた。〔太陽の東から〕は別の場所では、クムランからやってきた事を意味していた。from〔〜から〕の項を参照。

光、明かり

light〔phos〕
「光」はミカエルに代わって夜明けに祈りをささげる祭司ファ ニュエル、もしくは「体の中にいる」ときのミカエル。洗礼者 ヨハネは、『ヨハネ』では「光」とされた。『黙示録』ではファニュエル、 それに匹敵する人物が登場する。

光をさすもの、光を与えるもの

litht-giver〔phoster〕
ファニュエルの役を務める独身主義者。

forehead〔metopon〕
額の眉間の下部に経札の代わりにつけた徽章。もともとはディアスポラのメンバーである事のしるしであったが(パレスチナのメンバーは本物の革の経札をつけており、いくつもの洞窟でかなり多くの実例が見つかっている)、引き続き東方派とユダヤ人キリスト教徒によって用いられ、ユダヤ人の忠誠のしるしとみなされていた。

必要

need〔chreia〕
村のエッセネ派が支払 う福祉の十分の一税。一カ月三十日分の稼ぎから三日分を十分 の一税として与えた。そのうち二日分の稼ぎは困窮者の支援の ための支払いにあてた。キリスト教徒たちは、それらがユダヤ 教祭司式の十分の一税システムの一部であったことから、こう いった習慣を廃止した。

否定する

deny〔arneomai〕
confess「告白する」の項を参照。「告白する」の反意語で、ペトロがイエスの裁判中に否定したように、イエスが大祭司であることへの同意を拒絶すること。

一人一人、おのおの。

each one〔hekastos〕
独身主義者。「彼らの一人一人に」という句は、共同体の独身主義的理想に言及している。

秘密、謎

mystery〔mysterion〕
「秘密」は政治的な解釈を持つなぞかけの言い回しで、デルフ ィやエフェソといった場所で神託によりヘレニズム世界に示さ れた。『黙示録』では「この女の秘密(秘められ た意味)を知らせよう」とのくだりが紹介されているが、これ はなぞかけの言い回し形式と、その政治的解釈をまねたもので ある。巫女役を務める女性は「秘められた」と呼ばれた。 この意味から同語はペシェルをともなう記述に 用いられるようになった。『死海文書』では、旧約聖書が「秘密」 (ヘブライ語でヨユで、その解釈がペシェルである。『マルコに よる福音書』にある「あなたがた(十二人)には神の 国の秘密が打ち明けられている」は、「十二」〔the Twelve〕こと ヨハネ・マルコが、諸福音書中最初の福音書つまり『ヨハネに よる福音書』の発起人となることを意味している〔諸福音書中最 後に連なる『ヨハネによる福音書』を最後の成立とするのが定説では あるが、著者は最初に書かれたと異論を唱えている。〕。マタイによる 「イエス語録」は『黙示録』 の「神の秘密」(神の秘められた計画)であり、また『黙示録』 の「秘密」は『ヨハネの黙示録』そのもののことであ った。後者の句では、『黙示録』は「七つの星の秘 密(秘められた意味)」(星七<七つの星>。侍祭としてのイエス・ ユストゥス)となると言われ、これは侍祭のような低段階の者 たちに読まれるようになる諸文書に対応して、新約聖書の最終 セクションを作った意図を意味している。

hail〔chalaza〕
人を指す言葉で、戒律の教師の一人。thunder〔雷〕の項を参照。もともとは、ディアスポラに対するラファエルとしての、東方マナセ派の長、ガリラヤのユダを指す名称であった。ラファエルのいくつかの職務の一つは、エッセネ派の共有財産の会計人〔管理人〕を勤めるために村へ出張することであった。
AD44年の分離の後、パレスチナとディアスポラの会計人のそれぞれの地位が、エルサレムの会計人アンティパス・ヘロデに一本化された。彼は『黙示録』に登場する大粒の雹であり、彼の死後は、『黙示録』に出てくる大粒の雹つまりガイウス・コストバル・ヘロデに取って代わられた。他に出てくる「雹」はガリラヤのユダの後裔である、マサダのエレアザル・ベン・ジャイルのことであった。

leopard〔pardalis〕
エチオピア人のしるしで、『エレミア書』にある「ク シュ(エチオピア) 人は皮膚を、豹はまだらの皮を変ええよう か」に対する引喩。エチオピア人に代表されるハムの子らに対 する軍事行動は、AD26年〔原文の36年は間違い〕 に火蓋が切って落とされている。この戦闘の指揮官は豹のしるしを用いたのであった。

広場

court〔元来は風の吹きとおすところ。中庭〕(aule)
この語は、特別の諸設備が置かれた祭具室の2キュービット北に当てはまる。ぺシェルから見ると、この広場は修道院に対して特権を持つ外部者用の指導の場所であったと思われる。ペトロはそのうちの一人であり、彼はイエスの裁判中、この区域の〔たき〕火近くのこの広場で祈りをささげた。この場所は「祭司長の広場」と呼ばれたが、何故ならそこが、小道と代理の聖所の玄関〔ポーチ〕または広場と規定された北の祭具室の部分であったからだ。巡礼者のような外部者は普通、イスラエル人の壁の外側の修道院地所の南東及び南西地区に制限されていたが、彼らの指導者はたちはいくつかの聖なる場所へ近づくことを許されていた。

広刃の刀〔あるいは諸刃の剣〔two-edged sword〕〕

broadsword〔romphaia〕
この語はエデンの園からアダムとイヴを追放する為にケルビム〔九天使中の第二位で知識を司る天使〕が持った刀に用いられた。これはエッセネ派修道院の〔エデン〕の諸学校に関連して用いられるようになり、そこでは祭司が入学許可の検問として、あるいは排斥する為に〔この刀に替えて〕一本の杖を持った。wood〔木〕の項を参照。これはまた異邦人の修道院でも用いられ、彼らの祭司、ダビデが振るった。ところが〔広刃の刀〕をユダヤ人共同体からの破門に用いる事もできたが〔〔広刃の刀で殺す〕〕、ダビデ家はこれをもって破門する事はなかった。まず最初に異邦人等が〔命〕と呼ばれる完全な形のメンバーシップを与えられなかった事で、彼らは〔死に追いやられる〕ことは有り得なかったのである。それは〔〔広刃の刀というよりは〕二つの口があり〕〔two-mouthed〔諸刃〕〕仮に異邦人等が不適格の場合は、修道院あるいは外部の教義〔〔口〕〕へと、彼らを導く上で用いられた。

封印

seal〔sphragis〕
評議会での発言の禁止は「封印される」ことであった。 「封印された」者はその季節は排除された。 これが『黙示録』の「七つの封印」を生んだ。新約聖書が正典化された際の儀式では、新約聖 書の各文書は七十人訳聖書を含む冊子本の後ろの部分に置かれ た(書物、本、文書「book」の項を参照)。この儀式の開始にあ たって、本はまだ読んではいけないことの証として封印されて いた。本のまわりには二本のひもが結ばれていた。「封印」〔the seals〕 (複製を表す複数形)とただ呼ばれる主要部は、裏表紙か らタイトルページを覆うように結ばれていた。おそらく王家の 印で封印されていたのだろう。アグリッパは、七十人訳聖書が 読まれる際の聖務の開始にあたってこの封印を解いた。 「封印七」と呼ばれるもう一つの主要な封印は、バッ ク〔裏〕ページからタイトルページにかけてひもが結ばれてお り、イエスは、同書の巻頭にあった預言書からの朗読を行った 後に、これをほどいた。続いて、午後三時半 の異邦人の非公式聖務が始まると、イエスは「封印を開いた」 、すなわち、結ばれていたタイトルページを 裏返したのである。イエスが次の三十一日の礼拝で、「七つの封 印(封印七)のうち一つを開いた」、ということは、彼は同書の 最初の部分、『マルコによる福音書』の巻頭を開いたのであっ た。同書の六つの文書は同じ方法でそれぞれ個別に封印されて おり、〔締めくくりの〕裏ページの「封印七」である七番目の封印 〔つまり六文書の六つの封印プラス一、計七つの封印〕に至るまで各 封印が次々と解かれていった。それ以上文書 がないことを示すために、バックページは裏返された。

笛吹き、笛の奏者

flute-player〔auletes〕
儀式の踊りを指揮した者。「ミリアム」が指揮するこの踊りは、治療行者の出エジプトの儀式に際して催された。このような儀式は『黙示録』ではヘロデ家によって催されている。

深い井戸、底知れぬ穴

well(deep)〔phrear。pegeと区別する為に「深い井戸」〔deep well〕と訳出〕
クムランの探い円形井戸からのイメージにもとづき、「(深い) 井戸」は侍祭たちを、また彼らと同じ階層まで昇格した被割礼 改宗者たちを教育する特定の学校であった。「底知れぬ淵 〔adyss〕の(深い)井戸」とは、クムランの祭具室の階段近くの 北の空間で、そこは侍祭たちが演壇上の祭司に仕えるために階 段を昇り、教えを受けた場所であった。

不義にする、不正を行う

unrighteous,make〔adikeo〕
祭具室へは入ることを許されず修道院の壁の外にいる諸階級 への制限によって、祭具室の外に排除すること。義の「righteous」の項を参照されたい。

福音

gospel〔euangelion「よき伝言」〕
復興がもたらされたという「よい知らせ」として、復興用に書かれた新しい聖書。ヨベル〔の年〕では、捕囚の釈放に関する「よい知らせ」の発表が記されている。『神殿の巻物』は、復興が待望されたBC二十一年にあたるもともとの年三九二〇の年〔天地創造から三九二〇年〕のために書かれたものと見ることも出来る。続いて、年代が調整され、更に聖典の諸福音書を完結させ新しい諸文書が書かれた。『黙示録』では、マタイによる「イエス語録」(ロギア。)がAD四十三年十二月…テロス(アグリッパ一世の延長した最後のヨベルの終わり〔telosはギリシャ語の「終わり」〕)に刊行された。他では、この語は、パウロ自信が「福音」と呼んだガラテヤの信徒にあてた手紙(「誰かがあなたに別の福音を説くことがあれば……」)に始まるパウロの初期の書簡を意味している。これは、aion〔アイオーン。ここは時代の意味〕つまり世界週に対してaionion〔初めも終わりもない(永遠)〕といわれていた。

腹部

belly〔koilia〕
執事として〔体〕の〔腰部〕と同等である異邦人執事。ただし女性と同等の異邦人執事は〔子宮〕〔〔腹部〕であるが、『言行録』では〔子宮〕〕と呼ばれた。『黙示録』では、この単語は〔小さな書物〕つまり『ヨハネの福音書』を作ったヨハネ・マルコの党派を意味しており、その〔腹部〕はアグリッパ一世を毒殺する策謀に加担して〔苦い思いをした〕のである。

袋用荒布〔麻、木綿、山羊の毛などで織った黒っぽい粗布〕

sackcloth〔sakkos〕
隠遁型の禁欲主義者たちが着用した衣類。 『黙示録』〔原文の黙示録は間違い〕の 「毛の荒布」は、「毛」〔hair〕が頭に巻くターバンなどの布を意 味したことから、頭からかぶったカウル〔修道士のフード付き衣 類、またそのフード〕 であった。

不幸、災い

woe〔ouai〕:〔もとはヘブライ語の呪いの間投詞ワアイ〕
復興が待望どおりにもたらされないで、さらに七年間待たな くてはならないことを意味する泣き叫び。一つの「不幸」は七 年、二つの「不幸」は十四年、三つの「不幸」は二十一年。『黙 示録』では、アグリッパ一世の最後のヨベルからアン ナスの最後のヨベルまでの、AD29年からAD50年にかけ て三つの不幸があった。二つの「不 幸」ではゼロ十四進法期間になり、閏挿入年にこの二つの「不 幸」が用いられた。『黙示録』では、北の太陽暦閏挿 入年のAD71年からの二つの災い。『黙示録』で は、AD6年からのゼロ十年となるAD16年からの一つの不幸であった。

不思議な、驚くべき

marvellous〔thaumastos〕
救いに目ざめて実行した紅海渡海の象徴を用いた、暦と教義 の変更に関する「奇跡」を指す。暦の改変は預言と年代学〔の補 正〕に救いを与え、それでこの変更を行った者は奇跡を起こした者と同様にみなされた。

不浄な、けがれた

unclean〔akathartos〕
既婚者の段階一一のレベル。霊、精神、息「spirit」 の項を参照されたい。

不寝番をする、物見をする

watch〔gregoreo〕
治療行者たちと同様に真夜中の寝ずの番をすること。 祝福された、幸いなる「blessed」の項を参照。その種の独身者共同体で は、夜に主要な礼拝を持ったことから、独身主義者たちは終末 〔Eschaton〕の行事が夜に開かれることを望んだ。 結婚はしていても霊的隠遁の各季節には結婚生活 を離れ、また治療行者らと多くの点で似通ったつとめを果たし たナジル人たちは、不寝番を続けた。

部族

tribe〔phyle〕
伝道の開始時から設立された十二の禁欲主義宗団は「諸部族」 と呼ばれた。諸部族はまた諸地域にも対応していた。
同語は『黙示録』では、「諸部族、諸言語、諸民衆、諸国民」 の四語の組み合わせで頻出する。うわべは漠然としたこれらの 語は、無割礼の異邦人たちの四階層(彼らに対して四つの福音 書が書かれた)について正確な意味を持っている。この「諸部 族」とは、ナジル人の修養を取り入れ、監督になった、アシェ ルの宗団の既婚異邦人たちであった。ヤコブ・ニケタは彼らの 代表であり、『黙示録』にあるように『マタイによ る福音書』は彼らのために書かれた。彼らは会費を支払い、こ の点でユダヤ人キリスト教徒らとつながりを残した。この会費 はまず最初ダビデに支払われ、イエスの弟ヤコブがこのしきた りを受け入れた。ただし、イエスがヘレニストたちによって嫡 出のダビデと宣言された際、イエスは宗教的救済のための支払 いを意味する会費の受領を拒否した。支払いを継続した者たち はその会費を、「すべての部族」と呼ばれた ヘロデの皇太子に差し出した。『黙示録』の「あらゆる 部族」は、AD34年にへロデの皇太子がローマに戻った際、 カルキスのヘロデの兄のアグリッパの代理役を務めたカルキス のヘロデを意味している。
『黙示録』の、各「部族」からの一万二〇〇〇人に 関する十二部族のリストでは、ローマ人たちと呼ばれる新しい 党派に触れているが、その指導者は非常に低い段階に降格され た異邦人もしくはユダヤ人として、個々の地域の段階一二で生 活する十二人の者たちであった。彼らはすべてローマにあるア グリッパ一家のメンバーであり、若いアグリッパが二十三歳の 年齢で加入した祭祀の会衆となっていた。彼らはペトロの教義 に近いパウロの教義を取り入れたが、パウロがローマ人を指導 していた一方、ペトロはキリスト教徒たちの領袖であった。彼 らは個々には、ダンを除くユダヤ人宗団の一つの低位段階に属 しており、『神殿の巻物』に出てくる変更に よってその識別がしやすくなった。彼らの党派は、アグリッパ がユダヤのサマリア人に敗れた時期であるAD50年に形成さ れたが、AD51年ローマのアグリ ッパがクラウディウスの引き立てを得てサマリア人たちを懲戒 することに成功したのであった。
南西区域からの宗団のリストに は、ルカ、テモテ、エラストス、ヨハネ・アキラ、アンドレ、 クレメンス、オネシフォロス、「若い」アナヌス、ティキカス、 テトス、エパフラス、パウロが含まれていた。名前のはとんど は、パウロの支持者としてパウロの使徒書簡に出てくる。彼ら が帰属していた「諸部族」と地域は〔上記と〕同じ順序で次のと おりであった。ユダは当時の地域九、ローマのヘロデの館(ルカ)、 ルベンは当時の地域七のエフェソ(テモテ)、ガドは地域 八のテヴェレ島(エラストス)、アシェルは当時の地域一一のア カイア(ヨハネ・アキラ)、ナフタリは地域一〇のローマのアッ ピウスのフォーラム(アンドレ)、マナセは当時の地域一二のマ ケドニア(クレメンス)、シメオンは当時の地域一(親アグリッ パと親パウロ派であった部分)(オネシフォロス)、レビは地域 ○のエルサレム(祭司である「若い」アナヌス)、イッサカルは 当時の地域二、クムラン(ティキカス)、ゼブルンは当時の地域 六のアンティオキア・ビティニア(テトス)、治療行者エフライ ム(ヨセフ)は地域三―四のガラテヤ・カッパドキア(エファ フレス)、ベニヤミンは地域五のキリキア・ポントス(パウロ)。 この十二の宗団は、「諸部族」の階層Cの領袖たちのために設定 された会衆の位置と同じように、三つずつ四組に分かれていた。
ルカとテトスはダンの宗団のヤフェテとハムの頭であったが、 彼らが役割を務めたのはダビデ家に対する「宦官」であり、そ の地位で二つのエッセネ派宗団、ユダとゼブロンに帰属してい た。「宦官」としてのテトスについては、『使徒言行録』 を参照されたい。ルカはローマにあるヘロデの館に帰属して おり、ヘロデに代わって役割を務めるこ とができた(国民「nation」の項を参照されたい)。ルカは『黙 示録』七章においては、テサロニケでイエスの役を務めていた ことから「封印された」、つまりそこにはいなかったのである。 テトスはマナエンという名でルカと共にアン ティオキアにおり、『使徒言行録』では、アグリッパへの忠誠を断言した。
シメオン(マサダ)、ルベン(マケラス)、ガド(ゲラサ)、イ ッサカル(ガリラヤ)、アシェル (ツロ・シドン) のヘロデ派五 宗団は、最初の三代のヘロデが、また王の既婚の僕が、また異 邦人が個々に頭領を務めていた。アグリッパ(シメオン)とテ モテ(ルベン)は共にパウロの教義を受け入れた。地域一(シ メオン)の東方のアグリッパの代理は、『テモテヘの手紙二』 で肯定的に語られたオネシフォロスであ った。エラストス(ガド)はパウロ派であり、ベルニケの党派 の三代日のヘロデことアンティパスの僕であり、またローマ人 の党派ではアグリッパとテモテに続く三番目の地位にあった。 アグリッパがサマリア人に敗北を喫した折りには、彼はサマリ ア人のテヴェレ島の本拠を引き継ぐ立場にあったが、この事件 については『マルコによる福音書』で言及されている。 ティキカス(イッサカル)はAD50〜51年にパウロ派のへ ロデ的な者として登場、また「ハルマゲドン」すなわちクムラ ンでは軍事任務を志願した預言者Cとして登場する。ヨハネ・ アキラはアシェルの宗団出身で、AD51年からはアカイアを ベースにしていた。
「若い」アナヌスは50〜51年にかけて、マタイ・アンナス に代わったレビ人の祭司であった。エルサレムの攻城時、つま り彼がアグリッパに穏健をすすめ共闘した彼の英雄的行為である。
パウロは、『フィリピの信徒への手紙』で自ら語ってい るようにベニヤミンの宗成にあったが、もともとはキリキアを ベースにしていた。 彼は50年の九月には会衆にはいなかった、つまり「封印され ていた」のであった。『使徒言行録』が示すように彼はこの時期 テサロニケにいた。彼はマタイによっ てエフェソでの布教を禁じられていた。
イエスの最初の弟子の一人アンドレ(ナフタリ) は、『ユダヤ古代誌』で語られている話 に登場する奴隷タウマストと同一人物であることは、いくつも の記述からわかる。アグリッパ一世の逮捕時に彼は一杯の水を 施したが、その親切心により、束縛から解放されヘロデ一家の 執事となったのである。アンドレは十番目の時刻に呼ばれてお り、これは、宗団一〇、地域一〇の投階一 〇の会員資格を示している。これは、 ローマの城壁の外側、アッピウスのフォーラムの集会場 所であり、そこはヘロデ派の教義が示され、またパウロのロー マ宗団が設立された所であった。
治療行者の長は『黙示録』のパートCで預言者ティキカスの 側で登場するが、『フィレモンヘの手紙』、『コリントの信 徒への手紙』、『フィリピの信徒への手紙』 に出てくるエファフレス〔エパフロデイト〕と同一視 されている。なお治療行者たちはエフライム(ヨセフ)の宗団 出身であった。
アキラ、ニケタの兄弟クレメンスは、『フィ リピの信徒への手紙』で、マケドニアのフィリピに登 場する。彼はもともとペトロの後縦者となるべき者であり、同 一地域のキリスト教徒に属していた。彼は当初はバルナバに、 またカイサリアではマナセの宗団がかつて維持していた拠点で ペトロから指導を受けていた。彼はマナセのキリスト教徒の頭 領に、また地域一二でペトロの後縦者となった。

再び

again〔palin〕
時間を示し、諸福音書で頻用されている。『黙示録』では、正午の聖なる食事。

ブドウ搾り桶

winepress〔lenos〕
ヘロデが歴代皇帝や総督たちにぶどう酒をたっぶりと振る舞 い、饗応したローマにあるヘロデの舘の食事室(「タベルネ 三」)。「怒り」つまり総督〔プロ クラトル〕が出席する場合、食事室は「神の怒りのぶどう搾り桶」と呼ばれた。

ぶどう酒

wine〔oinos〕
村のエッセネ派、ディアスポラのエッセネ派が用いた入会の しるしとしての発酵ぶどう洒。パレスチナのエッセネ派は新し いぶどう酒を用いた。諸福音書では、イエスが異邦人たちにぶ どう洒〔oinos〕の飲用を許した聖餐。夕方の 集まりの夕食は延長され、多量のぶどう酒が乾され、酩酊する こととなった。血「blood」の項を参照されたい。
『黙示録』では、食物の十分の一税(ぶどう酒、穀 類、オリーブ油『ホセア書』)は、レビ人の召 使たちがヘロデの主賓用テーブルに、またぶどう酒はコハテが 祭司の東側に置いた。ぶどう酒に添えたのが、入会前の見習い たちを表すオリーブ油で、見習いの長が置いた。『黙示録』 には東側の異邦人「小麦」に対する対価〔一コイニクスで一デ ナリオン〕についての記述があり、その後に「ぶどう洒を損なう な(祭具室から除外するな)」とある。治療行者たちはぶどう酒 を飲まず、入会者と見習いがオリーブ油とぶどう洒にかかわる 共住修道院独身者たちを排除した。

ship〔ploion〕
ローマに付属する異邦人の洗礼を示す比喩的表現で「ノアの 箱船」。

踏みつける、踏みにじる

trample〔pateo〕
規則によって五十歳末満〔三十歳から五十 歳まで〕が年齢制限で、それで五十歳になると聖務から除外され る村の監督と同等とみなすことで監督を罰すること。AD44 年三日二日、この措置はアグリッパによりイエスの五十歳の誕 生日に行われた(都「city」の項を 参照されたい)。この措置ははまた、AD10年生まれで、 AD60年末には五十歳になったローマ人監 督クレメンスに、また『黙示録』では、AD23年生まれの治療行者の長にも行われた。

憤激、激しい怒り

fury〔orge〕
ローマの代理人に任命された高位にあるユダヤ人の最上位の者。『黙示録』ではカイアファ〔またはカヤパ。AD18〜36年のユダヤ人の大祭司〕(動詞)〔「竜は女に対して激しく怒り」〕、その後AD44年に、「怒り」(wrath)である総督のように、皇帝クラウディウスにより自国におけるローマの代理人に任命されたアグリッパ二世を指す。他では、この語は、若いアグリッパ〔二世〕がAD44年三月に父の死を耳にする前に、ローマからキプロスの属州総督〔プロコンスル〕に任命された…『使徒言行録』ではAD44年九月にかの地に登場…ことを示している。彼は44年六月にフェソにつくや、父の死を聞き後継者として受け入れられたのであった。
『黙示録』では、アグリッパを指す「子羊の怒り」に続き、「あの方達〔神と子羊〕の怒り」という句が出てくる。『ユダヤ古代史』と『ユダヤ戦記』によると、ユダヤでのAD50〜51年は、サマリア人ヨナタン・アンナスに関わっていたサマリア人大祭司アナニアスが引き起こしたいくつもの問題が記されている。アナニアスは人民の指導者として自分をみなしてもらうよう、賄賂の効くローマ総督クマヌスを金で抱き込み(それで、「憤激」〔怒り〕となった)、ユダヤ人を攻撃するようにサマリア人たちをけしかけた。調査の後サマリア人たちはローマに連れて行かれ、当初彼らは宮廷の引きを得ていたが、AD51年にローマに若い_アグリッパは、彼らに反対の立場をとり、挙句彼らはクラウディウスによって罰せられる事になる。
『黙示録』では、人気を再び得たアグリッパは「憤激〔怒り〕」であった。

平和

peace〔eirene〕
ローマとの平和を主張するサドカイ派祭司長としてのマタ イ・アンナスの名称。アンナス家における彼の地位は、レビ人の監督であるコハ テの地位であり、その紋章は「ノア」の比喩的描写の中の鳩〔dove 小さい種類の鳩〕であった。アンナス家の祭司がこのレベルで聖 務を果たす際、彼は「鳩」であり、いくつかの霊の形の一つで あった。『黙示録』の「赤い馬の騎手」 〔Red〕が「地上から平和を奪い取った」のはアンナス兄弟 の末弟「若い」アナヌスがアンナス家の大祭司職の保証を取り つけ、またマタイに反対して、ネロの統治下にあるエルサレム のために積極的な民族主義者の行動を主張したことを意味している。

碧玉

jasper〔iapis〕
『黙示録』の会衆メンバーを表す宝石リスト から、第一列の中央にある王家の席を占める者。『黙示録』ではアグリッパ二世。

serpent〔ophis〕
AD1〜44年にかけてのエジプトの治療行者たちの長テウ ダで、同時期、彼は支配者ヘロデの毒殺の陰謀に加担した。またへ ロデ大王の暗殺陰謀にもエジプトの毒が用いられ、薬品に長けていた治療行者たちは この手段を提供したのであった。彼らのセクトの一つは「蛇」 〔Ophites〕と呼ばれた。テウダは『黙示録』に出てくる 蛇である。彼は『使徒言行録』では「ファラオ」と呼 ばれており、出エジプト劇中で、逃避するイスラエル人たちを 追跡するファラオ役を務めたのは彼であることを意味している。 テウダは『ヨハネによる福音書』の、「モーセ(ガブリ エル役のエッセネ派シモン)が荒野で柁をつまみ上げた」のモ ーセである(懺悔の放蕩息子としてミルドに戻った際の昇進したテウダ。

ヘブライ語

Hebrew〔Hebraisti〕
ヘブライ語を用いパレスチナの禁欲主義者の清浄に関する諸 規則を遵守したヘブライスト〔Hebrew ヘブライ人とも〕の宗派の 礼拝形式。AD37年までの主流伝道二派としてのヘレニストとヘブライストがある。

宝石

precious stone〔lithostimios〕〔jewelry(主として宝石入りの宝飾)と別〕
階層Cの独身者の紋章。ヒエラルキーで三番 目として数えられた王は「宝石」の長であった。彼は、独身者 たちがクムランの南の祭具室で会衆として着座した際の彼らの 指導者であり、各席には宝石の名称が刻まれていた。『黙示録』 、『コリントの信徒への手紙一』では、「金、銀、宝石」 のリストの三番目。

冒讀〔讀神〕

blasphemy〔blasphemia〕
熱狂者であったダマスコ派の教義。〔聖霊に対する冒讀〕は、〔聖霊〕〔ギリシャ語のto pneuma to hagion〔このtoはギリシャ語の冠詞〕で、直訳はthe Holy, the Spirit〕ことヨナタン・アンナスに教唆されローマとの平和政策に反対する熱狂的行動を意味している。

墓穴

grave〔mnema〕
文字通りの埋葬場所。一方墓〔tomb・mnemeion〕は、破門が死を意味していたことから、その象徴的な埋葬の場所であった。

star〔aster〕
ダビデの星〔正式にはダビデの楯(マゲン・ダビッド)と呼ばれ る六光星。ユダヤ人社会では正三角形の上下の組み合わせは神秘な力 を持つとされた。現在のイスラエルの国旗にも採用された正章〕の紋 章を用いるダビデ。彼は「太陽」「月」の下では「カ」〔powers〕 の劣る者であった。彼は独身者共同体に起居する際、明けの明 星と大きな星である日の出の際の祈りを導いた。彼の皇太子はこの地位 を受けることが可能で、 日々の祈りの役割をになう際は「星七」、 月々の祈りの役割をになう際は「星一二」 と呼ばれた。『黙示録』の複製の複数形では、「星七」 ことヤコブが、安息日のラッパ吹奏役であったミカエルこと「天 使七」に対する侍祭であった。そこで『黙示録』 では、今や侍祭であり「星七」でもあるイエス・ユス トゥスが「教会七」すなわちアグリッパ二世の「天使たち」 〔angels〕(複製を表す複数形)と言われた。

flame〔phlox〕
eyes「眼(両目)」の項を参照。

屠る

slay〔sphazo〕
「屠られる」とは戦場で祭司の真紅の服を着用する監督になる こと。真紅「scarlet」の項を参照されたい。この用語はより低 位の祭司であるファニュエルに適用されたが、これは高位の祭 司が屠られたものに触れることを許されなかったことによる。

滅び、破壊

destruction〔apoleia〕
共同便所のことで、修道院の中でその部屋の一つは墓所や破門用といったほかの不浄目的にも使われた。「陰府」〔Hades〕と呼ばれた共同便所もあった。「彼は滅びに至る」は「彼は修道院の共同便所へ行く」事を意味しており、またそれは、共同便所を毎日午前四時と午後四時に、ただし土曜日は例外として午前四時に、排泄に用いるべしとの規則から、時刻を示してもいる。さらに「ローマ」の意味もあって、地域10のローマが段階10に等しいとみなされていたことから、共同便所を訪れる者たちの段階は第十時に降格した。クムランの安息日の共同便所として判定可能な洞くつの諸遺跡で、「ローマ」と銘の入った壺が見つかったことは興味深いことである。

本、書物、文書

book〔biblion〕
旧約聖書のギリシャ語版である七十人訳聖書で、冊子本形式の書物。コデクスつまり冊子本は、A.D.一世紀には既に用いられていた。これはまさに技術革新であり、ギリシャ化したヘロデ家が用いていた。ユダヤでは、書物は布で包み、読む際に開くようにしていたが、この習慣は『黙示録』に出てくる。そしてこの書物のあまり重要でない部分は冠詞なしでbiblionと呼ばれた。A.D.四九年、新約聖書の六つの完全文書が追加の二次的聖書読み物として旧約聖書に加えられ封印された。アグリッパがこの七十人訳聖書を開封した際、この封印書を後で読む許可を与えた、つまり〔封印を解いた〕のであった。この新約聖書については、『黙示録』でbiblionの一部として教えられた。
この七十人訳聖書のヘロデ家写本には、入会時に加入した独身主義者メンバーの氏名がリストアップされているが、同部分については『命の書』と呼ばれていた。この記録は同書の後半部に収められており、これはダビデが読んだ事を意味していた。というのは、七十人訳聖書の律法以外の預言者が読むのが彼のつとめであったからだ。それで、このリストは『子羊の書』と呼ばれたのであった。
この新約聖書は最初に七十人訳聖書への追記部分として定義の上、七十人訳聖書と同格とされ、後に七十人訳聖書の〔複製〕とみなされ〔書物〕と呼ばれた。ただアグリッパの没後、同書は七十人訳聖書に代わる平信徒用の書として〔この書物〕と呼ばれた。『ヨハネの黙示録』や同種のくだりでは、このとき〔七十人訳聖書に代わって平信徒用の書となる時期〕に関連する預言が含まれると信じられていた。これが〔同書の預言〕であった。しかし〔この預言の書〕は『黙示録』では、七十人訳聖書を指しており、その中には『ダニエル書』のような預言書にその時期に関しての預言が含まれるものと信じられていた。