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索引

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幕屋

tabernacle〔skene〕
遊牧のイスラエル人が神殿を持つ以前に用いた「幕屋」〔テン ト〕。したがって、ミルドでの、またクムランでの高位の巡礼者用の―― 荒野へ向かう巡礼者が使用した礼拝の場所を指 す。同語はサドカイ派が用いており、またアンナス家の祭司たちのしるしでもあった。
『使徒言行録』では、ミルドの幕屋に触れている。ミ ルドの高台で、隠遁者と巡礼者たちが参加してこの幕屋の建物 が用いられ、クムランの地震後の第二局面では、クムランの代 理神殿に代わって聖所として用いられた。しかし、AD30年 代から、この幕屋のイメージを用いるサドカイ派はその拠点を カイサリアに移した。この時から、同語はカイサリアを示すようになった。

まさに〜しようとする

about to〔mello〕
この動詞は、三ヶ月あるいは三時間後に起こる事に備えて行動が発生する際に用いられる。一時間は一ヶ月と同等とみなされた。時間も月も〔表わす数字が〕十二であるからである。夕食の準備は午後三時に始まり、これは主要な出来事の前の重要でない開始の概念を示していた。『黙示録』では、三ヶ月前やアグリッパ一世によって、A.D.二九年九月と、その後のユリウス暦が開始する十二月〜一月の両方で、復興が宣言された事を示している

魔術〔薬品を用いる〕

sorcery〔pharmakia〕
薬物と毒物の扱いを専門としたマグスの長の諸活動。

まだ〜でない

not yet〔oupo〕
「まだ〜でない」と言う必要が生じる、待望される時期に成就 しない預言。

〜まで

until〔achri〕
真夜中に、もしくは十二月に、を表す。ユリウス暦が導入さ れた際に、通常は午後六時に始まる安息日は真夜中「まで」始 まらなかった。各月は各時刻を擬していたが、これは双方に十 二〔の月、時刻〕があったからであり、また「〜まで」は十二月 を意味し真夜中に対応していた。

vision〔horasis〕
最高神官あるいは彼の代理役たる皇太子としての統治者ヘロ デ、あるいは彼の立場を務める祭司教父。

right〔dexia〕
ある者が南を向く際にその右手が西側にあることになること から、文字どおり右手のこと。手「hand」の項を参照されたい。

water〔hydor〕
段階九に達したメンバーたちの洗礼用浸礼水槽。「水」は「水」 (段階九)、「川」(段階一〇)、「海」(段階一一)での洗浄のヒエ ラルキーでは最高位であった。こういった洗浄は、巡礼者とし て修道院にやってきた既婚ユダヤ人らに、そして必然的に異邦 人らにも与えられたのであった。段階九の改宗者たちは「水」 〔waters〕を、また無割礼異邦人修道士らは 「水の井戸」〔wells of waters〕(井戸、源泉「well」 の項を参照)を特徴としていた。異邦人らが集合した特定 の場所は「水」〔waters〕と呼ばれた。
「大水」〔many waters〕は、もともとヘレニストの会堂に付属 していた改宗者たちを意味した。多くの「many」の項を参照。「大水」とい う句はダマスコで発掘された〔律法の〕「井戸」のコンテキストに見られる。
「命の水」〔Water(s)of life〕は、 入会儀式(「命」)と結合し、すなわち段階七と結合する段 階九、洗礼を意味したが、その結合方法はサドカイ派とキリス ト教徒が異邦人に聖なる食事への参加を許すために導入したものであった。

道、方法

way〔hodos〕
サドカイ派によって段階一〇、一一までの昇格を許され、ま た段階七の入会、あるいは段階八の見習いの地位まで進む、セ ム、ヤフェテの両部族からなるダンの宗団の無割礼異邦人たち の制度。パウロのようなファリサイ派は、パウロの回心前は「道」 つまり無割礼者の昇進を非難した。『黙示録』 では、サドカイ派の「若い」アナヌスが「道にある者 たち」を導いた。また、ダマスコの「道」。

honey〔meli〕
「乳と蜜の流れる所」(民数記)の象徴。約束の 地に入る際に見られる救済、つまりディアスポラのユダヤ人や、 ヤコプ・ニケタのような異邦人改宗伝道者らが受け入れた教義。

見つける

find〔heurisko〕
メンバーを募集する…「捨て子を見つける」すなわち教育を開始する者を見つける事。これは、修道院の体系が元来、路傍に打ち捨てられた子供等を諸寺院で侍祭にする為に受け入れた事に由来している。

見つめる、見る

look〔blepo〕
脇に座しているか立っている者を横向きに見ること。同じ段 階に属する人たちに許されていた。一方「見る」〔eidon〕は上司 を見つめる際の動詞。『黙示録』では、「見る」は預言 者が内陣を見る際に用いられたが、彼の脇にいる者に目を転じ た際は「見つめる」〔blepo〕とした。他では、 マタイ・アンナスが南から内陣に入ってきた際に見つめたが、 これは彼が他の聖務者たちと同等の立場を受けたことを示すサインであった。

green〔chloros〕
春と東を表わす色、それで、過越祭を主祭日として担当していた「大天使」としてのガブリエルの色でもあった。「ガブリエル」は、破門の権限を持つエッセネ派の修道士の長であった。この地位は、破門の権限を持つ事で「死」と呼ばれたマグスの頭領たるディアスポラの修道士の長に引き継がれた。彼が祭司と同等の立場でディアスポラの評議会に出席した際は、祭司達に習い、戦車の玉座である「馬」を用いたが、それで、彼は「緑の馬の騎手」であった。AD四十四年の分離の後、独立した西方ヘロデ家マギ派集団があり、『黙示録』では「緑の馬」にまたがったマグスのアトムスが同宗団の最初の存在として登場する。
この「緑」は他の名詞(複数形)と合わさると、ガブリエルもしくは同等の者の下、修道士学校で勉強した者を意味する。アグリッパは『黙示録』では学生(「青草〔green grass〕」)、また他では卒業生(「全ての青物(青草)〔All green〕」)として出てくる。『マルコ』では、「青草」はアグリッパを指す。

ear〔ous〕
ガブリエルの地位にあるものはミカエルの「耳」〔役〕であり、顔になぞらえた正午の円のミカエルの東脇にたった。本当のガブリエルは従来よりエッセネ派のシモンであり、その名前は「聞くこと」〔hearing〕を意味している。ミカエルとしてのヘロデの下では、祭司教父は彼の「耳」であった。「耳を持つ」はミカエルとなりヘロデ家を支配する事を意味していた。またアグリッパ二世の「耳」はマタイ・アンナスであった。

city(polis)
異邦人の修道院のことで、エッセネ派の「新しいエルサレム」の異邦人版であった。エッセネ派の最高位のような永久修道士となった異邦人達は「都」と呼ばれたが、なお村のレベルに限定されるままの扱いを受け、そこで村のレビ人と同等の彼らの指導者は、祭具室の台座の端に立ったのであった。これが『マルコ』及び『黙示録』にある「都」の意味するところであった。
君主側に選ばれた者たちは「聖都」に帰属するといわれたが、これは「聖」がレビ人では無く平信徒の独身者を意味したことによる。彼らの上司は「聖なる者」ことダビデであり、その役目を担う際は「聖都」と呼ばれた。そして彼はその「都」より少し低い位置として内陣の階段に立った。『マタイ』では「聖都」は十字架刑の時点でダビデとなったヤコブを意味している。『黙示録』では、『言行録』に示されているとおり、AD44年3月にクムランにいたイエス自身を示しており、そこで彼はペトロの前に「光」として登場したのであった。これと同じ季節の十字架刑の正確な記念日に、彼はクムランでの十字架刑の再現で自らの役を演じたのであった。『黙示録』では「聖都」はイエス三世のことである。
「大いなる都」は、異邦人をキリスト教徒というよりユダヤ人に仕立てるヘロデ家の学校に用いられた名称であった。学校は当初クムランの南西区域にあり(「グレート・ダン」の学校)、続いてAD69年にローマに移転された。ローマでは、学校は異邦人たちの母サラことベルニケの監督下にあり、『黙示録』の二重の意味を生じさせている。

民衆

people〔laos〕
無割礼の異邦人の四階層(「諸部族、諸言語、諸民衆、諸国民」) の一つで、この四階層のために四福音書が書かれた。「諸民衆」 は、エッセネ派の修道士生活と似た暮らしを取り入れたヨハ ネ・マルコのようなダンの者たちであった。しかし彼らは異邦 人として会衆に付属するしかできなかった。彼らは四種の異邦 人の最高位にあり、平信徒の長老になった。『ヨハネによる福音 書』は彼らが生み出したもので、ヨハネ・マルコは長老であっ た。ところが彼が自分の場所を離れたとき、彼 の地位はアシェルのあるメンバーによって奪われた。まずヤコ プ・ニケタが執事から長老に、次にヨハネ・アキラが昇格し、 またその福音書は彼らの宗団に再び割り当てられた。
彼らは長老としてエッセネ派の見習いの長に等しく、また修 道院共同体ではこれはダビデ家の皇太子のいくつかのつとめの 一つであった。『使徒言行録』のho laos「民衆、平信 徒」)は、ヤコブ出生時のヨセフを意味する。『黙示録』 では、「民衆」は、イエスに対する皇太子としてのヤコブに―― 彼らの政治的立場の違いにより――とって代わったイエスの下 の弟バルナバ・ヨセを指す。『ガラテヤの信徒への手紙』 でバルナバは、無割礼集団(無割礼異邦人の第一ランク)に送 りこまれたと言われた。「民衆」は『黙示録』ではイエ ス・ユストゥスを意味する。複製を表す複数形では、『黙示録』 においては、この階層の頭であ った異邦人ヨハネ・マルコを、また他では彼の後継者たちを意味する。

(ある方向に)向く

turn upon〔epistrepho〕
『黙示録』では北から西へ、また 西から北へ直角に曲がる(向く)こと。

胸飾り

breastplate〔thorax〕
大祭司の胸飾りについている宝石に相当するといわれた会衆。『黙示録』では、色々な宝石の名称のついた席を持つ会衆は、大祭司マタイ・アンナスの〔胸飾り〕であった。『黙示録』では、〔鉄の胸飾り〕は治療行者の長に属しており、厳格な修養の下におかれた禁欲主義者たちが彼の会衆であった。

purple〔porphyra〕
真紅、緋「scarlet」の項を参照。外界では、紫は司教ファニ ュエルの一段階下の監督の色であった。「監督」〔bishop〕を指す 語mebaqqerは『死海文書』で頻出する。イエスが裁判で身にま とった紫布は、披が単に外部の監督であるというしるしであっ た。女王の配偶者は紫布をまとう監督で あった。『黙示録』に出てく る聖務者リストでは、「紫」は平信徒独身者たちにあてがわれている。

眼(両目)

eyes〔ophthalmoi〕
人体各部を表わす語がすべて、各部位につけられたあるいは置かれた物を意味していた事から、「眼」はランプ〔燭台〕を意味し、夜の聖務中に眼の助けとなるよう使われていた。こういった聖務に出席する聖務者は全てオイルランプを携帯していたが、そのようなランプを指す語、またおそらくその形は聖務者の段階を表わしていた。サリエルのランプは「火」と呼ばれており、彼が隠遁者の役を担う際は(「火の」)「炎」と呼ばれていた。ファニュエルのランプは「ランプ」と呼ばれ、ラファエルのそれは「手提げランプ(ランタン)」と呼ばれ、またレビ人ではない平信徒の長老のランプは「眼〔eyes〕(両目)」と呼ばれた。『黙示録』では、イエスは「眼」と「火の炎」「のような」(ギリシャ語のhos)ものを持っていたが、それは彼が異邦人に対する司祭役を担う際の祭司用ランプとして用いた平信徒用のランプを持っていたことを意味していた。しかし、彼はユダヤ教の聖務では「眼七」を持っていたが〔子羊には七つの眼があった〕、ランプ〔ファニュエルのランプ〕で一日の主な時刻を刻んでいた事から、彼のランプ〔眼〕では余り時刻を刻む事はなかった。

酩酊する

drunk , be〔methyo〕
飲料がonios〔発酵ぶどう酒〕、文字通り酔っ払うこと、あるいは、飲料がhaima〔血〕であるなら、キリスト教徒がすする発酵ぶどう酒を意味し、精神的に高揚することであった。フィロンはエジプト人の治療行者らの忘我の宴会に触れている。それはパンと水のみであったが、通常は隠遁者として暮らす者たちは忘我の境地に達し、翌朝には〔恥も外聞もなく酩酊して〕宴会の席を経つのであった(フィロン〔瞑想の生活〕)。村のエッセネ派はぶどう酒を飲んだが、同様の集まりではほどほどにしていた。

名誉

honour〔time〕
このギリシャ語はまた「価値、価格」〔value,price〕を意味す るが、あきらかに「名誉」を意味する語呂合わせで用いられて いる。しかしペシェルでは「価格」 つまり「魂の代価」として かかる入会金のこと。これは午後三時に支払い をした既婚のユダヤ人に課せされ、また会費支払いの 異邦人にも課せられ、午後四時に他の「不浄な」金、 つまり罪の許しを乞うための支払いと併せて払われた。 しかし地域一一、一二の異邦人たちは、自分たちが 入会儀式を受けていないというもともとの事由によって、会費 の支払いを行わなかった。「預言者は自分の故郷では敬われない ものだ」という句には「エルサレムの監督 は自分の段階(自分たちの私有財産を持つユダヤ人の既婚男性 に等しい段階11)の異邦人からは会費を受け取らない」とい うペシェル〔の解釈〕がある。ユダヤ人の会費は「ティマイオス」 ことヘロデに支払われていた。「諸部族」 の入会異邦人らの会費はもともと「ヤコプ」役のダビデに支払 われていたが、イエスがそれを受け入れなかった際に、「すべて の部族」たるヘロデ家の皇太子に与えられた。 「テモテ〔ティモテ〕」という名前は、time(名誉) の語呂合 わせを含んでいる。『黙示録』に登場する七 人の支払いを受けた聖務者のリストで、四番日の「水曜日」の 地位は「価格」のそれであり、ヤコプ・ニケタは七通の手紙の 中でこの地位を保っていた。彼は会費を 支払い続けたが、金は伝道団の諸経費を支払うために彼に返さ れた。これは、「ぶどう園の労働者ら」は一日に一デナリオンの 支払いを受けるべし、とのマタイが決めた約定に準じたもので あった。

恵み

grace〔charis〕
ダビデ家の皇太子に用いられた称号で、入会して会費の支払いをする異邦人がダビデに会費を支払うというもともとの体系を反映していた。かたや段階十一、十二の異邦人達はわずかな特権しか与えられず、また会費などを支払わず、つまり「無料」であり「恵みによって救われて」いた。これらの十一、十二の段階はダビデの皇太子の管轄下に置かれていた。イエスがAD十六年に父の跡を継ぎ皇太子となった際、「神の恵みが彼にもたらされた」といわれた。会費を支払わない宗団の一つにいた皇太子の僕を「恵み」と呼ぶ事が可能となり、それでその僕は「ヨハネ」という名前を用いる事が出来た。『黙示録』では、ヨハネ・アキラ〔『ヨハネの黙示録』の筆者〕がこの名前を用いたが、それはイエス・ユストゥスが十二歳になった折りであった。
『黙示録』の最終説〔原文はIstとなっているがlastの誤植〕では、「主イエスの恵み」という用語を用いて新しいダビデ家の皇太子が宣告された。
この「ヨハネ」という名前は、洗礼者ヨハネが段階十一に降格され「苦痛」にあったときにも、キリスト教徒が彼を指す軽蔑的な用語として用いた。従って、この「ヨハネ」は『死海文書』では義の教師を指す名称としては用いられていない。彼が十二歳の折りにこの名前が与えられたのだが、それは彼が、低位の諸段階にある無割礼の異邦人達の入会を許可する上で母親を手伝う立場にあったからである。母親はザドクの子孫の妻として、異邦人全員の上に立つ「母」であった。

メシヤ

messiah
救世主。「メシヤ」は「油を注がれた者」という意味で「救世主」を指す言葉。キリスト教ではイエス・キリストをメシヤだと考えるが、「キリスト」という言葉はギリシア語の「クリストス」のことで、もともと「メシヤ」という意味がある。

目で見る、見える

view〔horao〕
「幻〔horasis〕を見る」、つまり、特定の祭司あるいは王を見る こと。幻「vision」の項を参照されたい。『黙 示録』ではサドカイ派である話者を高位の祭司とみなすこと。

もう一人の、別の

another〔allos〕
上司〔長〕に変わってその役を果たす代理役

燃える

burn〔kaio〕
ユダヤ式システムで時刻を示す為に点灯された明かりに用いられた

モーセ

Moses〔Mouses〕
フィロンが出エジプトの儀式の記述の中で示している、治療 行者の長がいくつかの役割の一つを務めた際の呼称で、儀式で は指導者がモーセ役を、女性の指導者がミリアム役を受け持っ た。ガブリエル役の祭司は「モーセ」と 呼ばれ、村ではファニュエルとしての務め も果たすことができた。ファニュエル役の治療行者の長は「モ ーセ」であり、他方ラファエル役としては彼は「ヨシュア」で あった。『黙示録』では、「モーセ」はアグリッパのロ ーマ人党派の新任治療行者の長を指した。部族「tribe」の項を参照。

もしも

if〔ei〕
質問を導き出すために用いられる。 tis「誰」を、「誰か」〔Anyone〕つまりヘロデと併用した場合、 ヘロデの地位に異が唱えられた事を意味する。

もはや〜でない

no longer〔ouketi〕
八十年にわたる「出エジプト」と「聖戦」の終わり。その時 点で、約束の地が手に入り、旅を続けることはなかった。この 用語は、3980年の年の南の太陽暦の九月の出現、そしてヘ ロデ大王のもともとの体系の八十年間の終了時点にあたるAD 43年九月に用いられた。この言葉は、復 興待望の改訂形式の一つ、つまりAD70〜71年のヘロデ王 家のエルサレムから異郷への追放終了時点で再び用いられたが、 その追放は、ユダヤ教がディアスポラ中心の形になって「約束 の地に入る」と解釈された。

もまた〜ない

neither〔oude〕
四番日の階層メンバーの文字を表すdeを用いる、ou-de「D でない」の語呂合わせ。「Dでない」者は、独身者とヘロデ家の 会衆の階層つまり三番日の階層「C」の者であった。

thigh〔meros〕
『詩篇』では花婿ことダビデ王が「勇士よ、腰(腿)に剣を帯びよ」 とある。これは、『黙示録』では異邦人の入会儀式に おける花婿のダビデを、また、身体の各部位が各式服を指すこ とから、腿まで垂れるスカーフ〔祈祷の際に着用する首から掛ける 長いスカーフ〕を意味している。

gate〔pylon〕
入り口の扉にある席で、教師が入場者に指示を与える為に座した。『神殿の巻物』の計画にある十二の門はそれぞれ、門を使用する宗団の段階に従って指定される教師の為の門として考えられていた。「門十二」はもともと、最下位の異邦人である集団一二の教師の席であったが、『黙示録』では、最高位の位置まで引き上げられている。「門三」は集団三と段階三の教師つまり司教の席であり、もともと『神殿の巻物』の計画では南中央にあった。しかし『黙示録』の時点では、四つの方位を表わす建物の四面にある中央は全て、それぞれに「門三」を伴って、同等となった。