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【神曲】

中世の作家、ダンテ・アリギエリ(アリギェリ、アリギエーリ)により1300年代に書かれた作品。イタリア随一の詩人で、ダンテは文学における著名な天国、地獄そして煉獄への旅人である。彼の作品『神曲』の中で、ダンテは有名な異教徒のローマ詩人ウェルギリウスに案内され、地獄へ行くことにより三界を旅する。二人が地獄の門をくぐる時、彼らは「この門をくぐるものはすべての望みを捨てよ」という表示を見る。地獄はいくつもの層を重ね合わせた円錐を逆さにしたような形をしている。一番上にある層は神を見なかった者を除いて、洗礼を受けなかったものが苦痛なく暮らすリンボである。二人の旅人はここで光の輪に囲まれ、キリスト降誕以来の詩人や哲学者たちが城に住んでいるのを見る。ダンテとウェルギリウスは次に下の層へと進んでいった。そこでは間違いを犯した人々が地獄の判事であるミノスにより課された、それぞれの刑罰を受けていた。層が下になるにつれ、そこにいる人々の罪は深くなっていった。最も重い罪を犯した人々がいる層では、金切り声で叫びをあげる欲望まるだしの男女が鋭い音を立てながら吹き荒れる風に飛ばされ、あちこちに散っていた。そしてさらにもう一つ下の層では、貧食者・吝嗇者(りんしょくしゃ)・憤怒者がその罪に見合った似たような罰を受けていた。さらに下層部には、異端者・暴力者・欺瞞者(ぎまんしゃ)がいた。暴力者は武装したケンタウロスに見張られ、体の半分を煮えたぎる血の川に漬けられていた。身をけばけばと飾り立てたものは排泄物に埋められたままとなっていた。地獄の最下層部コチトには反逆者が降り、そしてこの一番低い地点には自らの恩人に逆らった天界の反逆者サタンの巨大な姿があった。彼は腰から下を氷に包まれており、この氷がサタンの無慈悲さと冷酷さを象徴している。サタンが持つ三つの顔は、それぞれが世界で三つの指に入る悪人を絶え間なくくちゃくちゃ噛んでいた。イエスを裏切ったイスカリオテのユダ、そしてローマの独裁者ジュリアス・シーザー〔ユリウス・カエサル〕を裏切ったブルータスとカッシオである。サタンを後に残しウェルギリウスとダンテは岩の裂け目を通って地球の中核に出て、南半球の表面まで再び上がってきた。地表に出ると二人は浄罪山に上った。この山は七つの大罪によって汚された魂を浄化し(ゆえに煉獄とされる)、天国へ行く準備をさせる、よく組織された学校のような場所である。ここでは、例えば大食家は飢えと渇きにより骸骨のようになり、強欲な人は地面に目を固定されてしまう。彼らは地上にいた時、地上的な俗事にばかり目をとられていたためである。浄罪山の頂上でウェルギリウスとダンテはエデンの園にたどり着き、ウェルギリウスはここでダンテに別れを告げた。
キリスト教徒ではない異教徒であったがゆえに、彼は天国がある空に昇っていくことを許されない・・。ダンテはここで死んでしまった彼の恋人ベアトリーチェと会い、そこからあとはベアトリーチェがダンテを九つの天国へと導いた。月【善意の源】、水星【名声を求めた魂の居所】、金星【恋に燃えた人々】、太陽【賢者の世界】、火星【有徳の戦士達】、木星【慈善の心に満ちた王などの義人】、土星【スピリチュアルな思想家、そして黙想を行った者の天】へと旅を続け、次に二番目に高い位置にある恒星天を訪れた・・。ここに着くためにダンテは、ヤコブのはしごを上って自分の星座である双子座に入った。ダンテはイエス、聖母マリア、使徒たちと会った。アダムはダンテに、地上では九百三十年生きたが、リンボでは四千三十二年生きていると語った。彼は禁断の果実を食べて追い出されるまで、エデンの園にはたった六時間しかいなかったにも関わらずである。ダンテは次に第九天、至高天へと上っていった。ここで時間と空間が止まる。第九天を越えて彼が見たものは、善なるものへの慈愛に満ちた英知の光であった。神的な光を見つめていると、宇宙のすべての部分がスピリチュアルな愛で結ばれていることがわかったのである。